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摩訶不思議な「花珠鑑別書」へ思う--2

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最近の鑑別書には測定値が科学的、実証的なものであると消費者に思わせるべくして、超音波測定の波動グラフを付けたりして工夫をしていますが、常識的に考えて数十個も連なっているネックレスの個別体の、しかも必ずしも均一でない全ての真珠の巻きの厚さを、一個一個測定することなどは全くナンセンスであり、実際は測定していないと推察します。日々の鑑別業務としては不可能です。1部分だけの測定値では全体が判明しません。ダイヤモンドの装飾品でも複数のダイヤモンドを使用してあるものに付いては鑑定書の発行はしません。

それでも「花珠鑑別書」なる代物が安直に大量発行され、その為に一般消費者に『花珠』なる専門用語がかなり浸透しており、「花珠鑑別書」が付いていない商品は購入対象外とされる場合があります。真珠の小売現場に弊害を生じさせてはいないのでしょうか。見識ある鑑定・鑑別機関は自らの信用保持の為に、『花珠』の「定義」も「統一基準」もない世界には立ち入りません。

古くからの業界人の間で認識されてきた『花珠』の概念は、前述の①~⑤の要件を十分満たしているものとの捉え方です。さて、私見ながら、近年の養殖事情下であっても『花珠』の品質的要件として片側0.4mm以上の巻き厚があることを必修条件としたいと思います。
昨今の「花珠鑑別書」はその①~⑤の要件のハードルを、“今”に都合よく引き下げてきているといわざるを得ません。販売業者の意向や期待に呼応して、一見それらしく見える商品には「花珠」認定をしている傾向があります。

では、一体何故このような事態が起るのか。父曰く「真珠業に長く携わっている者でさえ比較的若い人たちは本当の『花珠』を見たことがないのでは?勉強不足、経験不足で、世の中の何が本物で真実で、何がおかしいのか分からなくなってしまっている。せめて自分で判断し、疑問を持てる程度にはなってほしい」とのこと。
更には、真珠の販売現場で、消費者には花珠でない『花珠』のご威光はやはり威力を発揮します。いかに希少なもので最高品質のものであるか、と販売話法の達者な販売員から鑑別書の記載内容を繰り返しなぞるようにして“『花珠』振り”の説明を受け、その気になって買わせられるのです。一言でいえば売り易いのです。一流デパートの包装紙みたいなもので、信用付けのための小道具として活用されている側面があります。魚心あれば水心、で鑑別機関は商売になり、真珠を扱う者は販売促進材になります。

こうした現状が『花珠』といえないそれ以外の真珠商品の価値観を必要以上に下落させ、魅力ない代物との認識を植え付けさせることとなっています。真珠製品不振の一因は、販売現場に『花珠』鑑別書が入り込み、数量的には95%以上の花珠鑑別書の付かない真珠製品をお客から遠ざけてしまったからである、と言えないでしょうか。「花珠鑑別書」を発行する者もそれを安直に利用する者も反芻しなければいけません。

百貨店でも、一般小売店でも、宝石を取り扱う現場に専門的知識が豊富なプロが少なくなったのかもしれません。販売話法だけの世界になってしまっています。多少の「宝石学」をも知らないで話術だけで宝石を販売するような傾向は否めません。それだけに正しい姿勢の鑑定・鑑別機関の必要性はあります。例えば、海外で無頓着に買ってしまった宝石が本物なのかどうか、品質はどうなのかという時には、その真贋や凡そのグレードを示してもらえます。結果はともかく、どうか、と思案していた事へ一応の決着をつけることが出来ます。勿論、国内でも同様で、自信のない宝石類の判定は「鑑定・鑑別」機関に委ねるのが一番安心です。

ちなみに、国内で鑑定・鑑別機関として看板を掲げているところは、それぞれがG.I.A.(米国宝石学会)か、F.G.A.(英国宝石学会)で認定を受けた者の経営と認識していますが、そうした鑑定・鑑別機関では一様に「花珠鑑別書」は発行していないふしがあります。定義、基準のない世界であるからでしょう。

今となっては「幻」にも近い『花珠』の世界のはずが、その鑑別書作成依頼の順番待ちのために幾日も要すると聞く、その「摩訶不思議な世界」の為に拙文を記すこととしました。

 

 

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